水嶋ヒロになりたい

9月になりました。今期最終月です。支社内から、日ごとに人が居なくなっていきます。25日締め、末締めで契約の切れるパートさん、派遣さんなどなどの人たちが、どんどん有休を使って消えていかれます。切ない。

そんな中、ワタシは柏サポの上司に延々と李忠成が居なくなった背景をグチまじりに聞かされつつ、支社内の揉め事のグチを聞かされつつ、「異動したい」という上司のうっかり滑り口に向かって「どこに行っても状況なんて、大して変わらないですよ」と言ってみたりしてな。
そうだ、どこへ行っても状況なんて大して変わらないんだぞ!分かったか、李忠成



えーっと。

9月8日付けの田口壮の日記を読みました。

僕は「野球はこうである」とう常識にとらわれて、結果を残すことが出来ませんでした。
どこかで「メジャーの野球はこうである」というプライドにとらわれていたのでしょう。
マイナーには、いろいろな選手がいます。スタイリッシュな部分はまったくなく、ただがむしゃらにぶつかってきます。
セオリーは通用しません。
というより、セオリーがありません。
それに翻弄されて結果自分が打てず「あいつはセオリーどおりじゃない」と言っても、結局ただの負け惜しみなのです。
今年の僕が、まさにそれでした。柔軟に対応することなく、マイナーにいる、そしてもう上には行けない、というお先真っ暗の状態に腹を立てていただけ。それを自覚したのは、残念ながらシーズン終了の3日前でした。
自分の感情をコントロールできない弱さや、臨機応変に頭を切り替えられない不器用さが、今年得た課題となりました。ただ、すべてを切り替えてから最終日に打った2本のヒットによって、
「ああ、まだ現役でいられる」と思えたのは、野球の神様が僕に与えてくれたサインなのかもしれません。


不惑の意味さえ分からないけれど、大事なのは自分が変わること。
不惑であろうが、二十歳であろうが、大事なのはおんなじこと。


なのかな。